クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して「性的な言動」を浴びせることが許されるのだろうか、クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して「直接的な性行為内容」をあらゆる場において受け入れるよう迫ることが許されるのだろうか、クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対してペドファイルとその利害関係者の要求に従うよう恫喝することが許されるのだろうか*1。そのようなクィアによる他人の自由意思を踏みにじる暴力行為、越権行為に抵抗するために「東京大学におけるハラスメント防止のための倫理と体制の綱領」を参照する。セクシュアルハラスメントの視点が蔑ろにされたまま「特定の学問」の特権化、権威化は危険であることを認識しなければならない。そして、だからこそ、そのような状況で「その権威」によってそれを望まぬ人たちを勝手に強引にクィアに包摂することも問題化されなければならない──それはセクシュアルハラスメントの訴えを無効化するものであり、クィアなら当然「それ」を受け入れ、当然「それ」をすべきであると既成事実化するものである。それは誰にとって都合がよいのか。クィアによる包摂の暴力に絶対的に抵抗する。
東京大学におけるハラスメント防止のための倫理と体制の綱領
1.セクシュアルハラスメント防止のための倫理
(1) 基本的考え方
大学は、学生・教職員を主たる構成メンバーとするアカデミック・コミュニティである。東京大学は、このコミュニティに属するすべてのメンバーが、個人として尊重され、自律的に活動する権利を持つことを確認する。この権利を侵害するセクシュアルハラスメントを防止し、被害に対する公正な救済を保障することは、より良い教育・研究環境の維持に不可欠である。
学問の府としての大学が、その社会的使命を果たしていくために、教員をはじめとしてその構成員には多くの自由と自律性が保障されている。この自由と自律性は、同時に構成員間に一般社会とは異なる力関係を生み出している。たとえば、教員と学生との間には、教育・指導・評価を与える者とこれを受ける者という関係が存在する。教育のために教員に付託された学生に対するこのような影響力を教員が濫用することになれば、教員に対する学生の信頼を裏切るばかりでなく、社会的に認知されてきた大学における教育・研究の自由や自律性の基礎を失うことになる。教育・研究に携わるすべての大学人は、大学における自由の保障には、自己規律の義務が伴うことを十分認識しなければならない。すなわち、本学のアカデミック・コミュニティに属するすべての構成員は、教育・研究・就業の望ましい環境から恩恵を受ける立場にあるだけでなく、自らもまたそうした環境の維持と向上の一翼を担っていることを深く自覚し行動しなければならない。また、本学の有形無形の教育・研究環境は、開学以来男性を中心とする状況のもとで形成されてきた。しかし今後は、性別を問わずすべてのメンバーが快適に活動できる教育・研究環境を保障するための積極的努力が必要である。
(2) セクシュアルハラスメントの定義と基本的取り組み方
セクシュアルハラスメントは、「他の人を不快にさせる性的言動」と定義される。その態様としては、身体的接触、視線、性的内容の発言など、様々なものが含まれる。また、「性的な言動」には、性的な関心や欲求に基づく言動のほか、性別により役割を分担すべきとする意識に基づく言動等も含まれる。「性的な言動」に対し、相手が「不快」と感じれば、基本的にそれはすべてセクシュアルハラスメントである。個人の尊厳を深く傷つけるセクシュアルハラスメントは、人格権の侵害である。
セクシュアルハラスメントは、次の二つに大別される。第一は、相手に教育、研究、指導、助言、採用、就業などの関係で、利益や不利益を与えることのできる立場にある者、特に教員や上司が、その立場を利用して相手に性的対応を求める、いわゆる地位利用型(または対価型)セクシュアルハラスメントである。第二は、「不快な性的言動」によって、教育・研究・就業の環境を害する環境型セクシュアルハラスメントである。これには、性的言動の対象者以外の者が「不快」と感じた場合、あるいは性的言動が特定の相手に向けられたものではない場合(たとえば性的な画像や文書の提示、掲示など)も含まれる。
本学は、このような多様な形態を持つセクシュアルハラスメントを徹底的に防止するための体制を整える。また、セクシュアルハラスメントの被害やこれを原因として生じたと判断されるような、教育上、就業上の不利益に対しては、迅速かつ適切に対処する体制を準備する。ある種のセクシュアルハラスメントの場合には、被害者が不快であることを表明することによって解決も可能であると思われる。しかし、個々人の感じ方の違いなどのために、加害者は被害者が不快と感じていることを認めないなど、当事者間での解決が難しい場合も多いと予想される。そこで本学では、個々の状況に柔軟に対応できるような相談体制と苦情処理手続の体制を準備する。
「虐待された子どもたちと会って話をするとき……その子たちがどんな目にあったかをきくんだけど……前に人形を使ってやってたのを、あなたも見たでしょう?」
おれは黙ってうなずき、話の続きに耳を傾けた。
「そう、子どもたちがほんとうのことをきちんと話せる年齢になっている場合には、その話をみんなテープにとっておかなくちゃならないの。メモは駄目なの……メモをとっていると、子どもたちの気が散るから……何を書いてるんだろうって知りたがるのよ。それにわたしたちも、裁判になったらテープを出さないとならないし、それはわかるでしょう?」
「ああ」おれはいった。
「とにかく、こういう子どもたちを相手に、わたしたちがやろうとしているのは、”自己回復”ってことなのよ。つまり、性的に虐待された子どもたちって、自分の人生にまったく自信がないのね……いつも怯えているの──どうしても安心できないのね。そういう子どもたちにとってのゴールは、自分を虐待した相手と対決できるようになるってこと。それができるようになれば、安心感も得られるし。わかるでしょ?」
「うん、わかる」
「つまり、自分がコントロールしているって感じを持たないといけないのよ。自分がその場でいちばん上にいるって思えるようにならなきゃいけないの──たとえセラピストと治療しているときでも」
(……)
それからニ、三分ほどたってイマキュラータが戻ってきた。両腕にいっぱい紙を抱えている。「これを見て」といいながら、マックスの隣に腰を下ろした。
それは子どもたちが描いた絵だった。でくのぼうみたいな形、毒々しいクレヨンの色──おれにはさっぱり意味がわからなかった。
「これがどうしたのかい?」おれはきいてみた。
おれは煙草に火をつけ、もう一度見なおした。「この絵の子どもに腕がないのはなぜなんだい?」と、おれは尋ねた。
「それなのよ。今度は気がついてくれたわね。そう、子どもたちには腕がないの。それから、ほら、大きな人間の隣にいる子どもたちはすごく小さいでしょ? これを見て……」
それは小さな女の子が自分の顔に向かって突き出した巨大なペニスを見ている絵だった。その子には腕がなかった──口は直線で描かれている。
「この子は逃げ場がないんだな」おれはいった。
「そうなの。この子には力がないの。この子は小さくて、相手の大人はものすごく大きい。ペニスが子どもの世界を占領しちゃっているの。でも、この子にはペニスを振り払う腕もないし、逃げる脚もないの。鳥籠に捕らわれてるのよ」
「どうやって外に出してやるんだ?」その答えをききたかった。
イマキュラータは大きく溜息をついた。「どうしても抜け出せない子もいるの。だから、そうなる前に自分がまわりをコントロールしているっていう感覚を取り戻してやらないと。もし、手をうつのが遅れると、子どもたちは麻薬でそういう感覚を得ようとしたり、自殺しようとしたりするの。あるいは、流されてしまうか」
「流されてしまう?」
「感情にね。ただ無力になるというのとはちがうわね。子どもたちにも性的な感情っていうのがあるのよ。あまり早くからそういう感情に目ざめると、コントロールがきかなくなってしまうの。そうなると、自分からセックスを求めるようになる……本人たちはそれを愛だと思ってるけど」
「どうしようもないな」
イマキュラータは何もいわなかった。マックスが手を伸ばして、おれが煙草の火をつけるのに使うマッチを二本とった。そして、その一本をもう一本の三分の一くらいの長さになるように折り、元の長さのままのもう一本の横に置いた。それから、今度は長いほうのマッチを折って、最初に折ったのよりも短くした。そうして、イマキュラータの顔をのぞき込んだ。
「そんなことをしても効果ないわ。子どもたちにとって、相手の大人というのはいつも圧倒的な力を持つ存在なの。そういう大人を小さくしようっていうのは無理ね──あくまで子どものほうを大きくしてやらないと」
おれは大人を表わすのに使った折れたマッチを手にとった。一方でべつの新しいマッチをすって火をつけ、それを折れたマッチに近づけた。折れたマッチは炎を上げた。
「それも駄目よ、バーク。過ちを犯した人間を地上から消してしまうことはできても、子どもの心の中から消すことはできないわ」
おれは何もいわなかった。イマキュラータは穏やかな顔をしていた。目だけは注意深く光らせていたが、その目が何を語りかけているというわけでもなかった。
(……)
「今の話とテープレコーダーとはどういう関係があるんだ、マック?」と、おれはきいてみた。
「わたしのオフィスでは、子どもたちがただ安全だというだけでは駄目なの。自分で安全だと感じることができないと、自分の人生は自分でコントロールできるんだと学ぶ必要があるのよ。”ノー”という権利があるんだって学ぶ必要があるの。わかる?」
アンドリュー・ヴァクス『赤毛のストレーガ』
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- なぜ子どもへの性的虐待加害者の行動原理を知らなければならない必要に駆られるのか。それはこの社会ではこれまでずっと被害者の声が無視されてきて、そしてこれからも被害者やその家族、友人、知人、支援者たちがいないことを前提にした「組織的暴力」によって被害者と加害者が同列に置かれ、時にまるで被害者らの心の痛みよりも加害者の欲望を優先させるかのような要求を突き付けられ、それによって被害者たちがさらに、これまで以上に、沈黙させられてしまうからだ──そのような世界の中にあっても居場所を探さなくてはならないからだ。
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