坪井節子/子どもの人権双書編集委員会『子どもたちと性』(明石書店)より
子どもの性的虐待であれば、児童相談所に相談してほしい。ただし児童相談所では、いまや子どもに関するあらゆる問題が山積みで、福祉司の受け持つケースが多すぎる。また、性的虐待というテーマに疎い人がいるかもしれない。
1999年に東京で開催した、私たちテナー・ネットワークによる5日間の「性暴力支援専門家養成講座」には、全国で性暴力被害者への弁護活動や治療にかかわる方、精神保健関係の支援者、児童相談所の職員他、運動にかかわるたくさんの専門家が参加してくれた。性暴力というテーマは、今や日新月歩で回り始めている感がある。
そしてまた、子どもの性的虐待への介入、治療を率先して考えてほしいのは、沈黙を守るだけでは子どもの心の傷は深まるばかりで、時間が過ぎれば回復するようなものではないこと、そして子どもにそれ以上の傷を負わさず、性感染症や妊娠を防ぐためにも、危機介入が必要だからである。性的虐待が子どもへの犯罪だという明確な認識を持ってほしい。
私の体験した過去のグループ・セラピーはどれも参加費が高額で、当時収入の生活費以外はすべて参加費として露と消えていった。十数年の間にグループ・セラピーや個人カウンセリング、自己トレーニングに数百万を費やしている。
自分の過失ではない虐待の治療に関して、被害者が延々と治療費の個人負担をしなければならない現状は、後遺症を抱える身にとってあまりにも不公平である。虐待が生まれるような土壌をつくりあげてしまった原因を探究し、今まで抜け落ちていた教育の不備を整えてほしい。
虐待されたことを思い出した。でも治療機関がない。誰も聞いてくれない状況は、被害者にとってあまりにも辛すぎる。
p.178-179
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- 二次的被害によるPTSD
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- 性暴力扇動商品と性犯罪者処遇プログラム
- 性暴力扇動商品は、性暴力を消費者に扇動するのみならず、性暴力を容認し、無罪化する「社会通念」と判例傾向を促進する
- 「平等法」と「表現の自由法」は衝突へ向かっている。世界中において、「表現の自由」保障は、社会的不平等の問題や大幅な法的平等が必要であることなどに真剣に取り組むことをせずに発展してしまった
- クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して「性的な言動」を浴びせることが許されるのだろうか、クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して「直接的な性行為内容」をあらゆる場において受け入れるよう迫ることが許されるのだろうか、クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対してペドファイルとその利害関係者の要求に従うよう恫喝することが許されるのだろうか