アンデシュ・ニューマン、ベリエ・スヴェンソンの『性的虐待を受けた少年たち ボーイズ・クリニックの治療記録』(新評論)で、冒頭、本書の訳者である太田美幸氏が「訳者まえがき」で日本の現状について解説している。
性的虐待 日本の現状
1998年に「 子どもと家族の心と健康」調査委員会が18歳以上39歳以下の男女を対象に行った全国調査では、女性39.4パーセント、男性10・0パーセントが18歳までに何らかの性的虐待の被害を受けていることが明らかになった(「子どもと家族の心と健康」調査委員会『「子どもと家族の心と健康」調査報告書』日本性科学情報センター、1999年)。
同じく1998年に実施された「沖縄タイムス」による調査では、沖縄県内の大学生男女のうち、女性80.6パーセント、男性28・5パーセントが何らかの性被害にあったことがあると回答している(中嶋一成・宮城由江『心への侵入──性的虐待と性暴力の告発から』本の時遊社、1999年)。
「アジア女性基金」が2003年に行った「高校生の性暴力被害実態調査」では、「無理やりセックスをされそうになったことがある」と回答した女子は13.2パーセント、男子は2.7パーセント、「無理やりセックスをさせられたことがある」と回答した女子は5.3パーセント、男子は1.5パーセントであった。
さらに、2005年に実施された「第六回 青少年の性行動全国調査」では、高校生女子の4.9パーセント、高校生男子の1.2パーセントが「性的行為を強要されたことがある」と回答している。
これらのデータによれば、女性の15パーセントから18パーセントが、ほぼ10代のうちにレイプあるいはレイプ未遂の被害にあっていることになる。また、男性でも3パーセントから4パーセントが同様の被害にあっている。これを日本の総人口に照らして単純計算すれば、数字の上では、日本に住む女性の約1000万人、男性の約200万人がほぼ10代までにレイプあるいはレイプ未遂の被害を受けた経験をもつことになる。
男性の性被害
男性の性被害は数値的に見れば女性よりも少ないが、実態は、右にみたような数値よりもさらに多いのではないかと考える専門家もいる。男性が性被害にあうことなどないはずだという思い込みが社会に浸透し、男性自身もそれを内面化していることが多いために、実際に被害を受けたとしてもそれを被害として認識していないことがあると思われるからだ。
男性は、被害にあったことに対して女性以上に羞恥心を強くもち、自らの被害者性を露呈することに抵抗を感じることが多い。それゆえ、被害にあっても無意識的にそれを否認したり、「たいしたことではない」と思い込もうとする傾向が強い。また早期の性体験が過剰に価値づけられているために、年長の女性から強要された性的行為を「幸運な出来事」とみなしてしまうこともある。
だが、だからといってそのような男性に性被害のトラウマが生じないわけではない。性的虐待を受けたことに対する羞恥や加害者への怒り、恐怖心などを無意識レベルで否認し抑圧しつづけることによって何らかの身体的症状が現れたり、のちの性的行動や性的嗜好に影響がでることもある。男性の性被害にまつわる偏見や誤解を解き、被害者の支援と性的虐待の根絶に向けて取るべき方策を探っていかなけれならない。
少年が性的な事柄について相談できる場所が、日本にはきわめて少ないことも問題である。男性器についての診療が泌尿器科で行われていることすら、多くの子どもたちは知らされていない。家庭が性的な話題についてオープンに語り合える雰囲気でなければ、性に関する疑問や悩みを家族に相談することは容易ではないだろう。また、子どもたちの実情に即した性教育が学校で十分に行われているわけでもない。
このような状況では、性的虐待の被害にあったとしても、そのことが何を意味するのか、どこにそれを訴えればいいのかがわからないのは当然である。勇気を出して誰かに相談しても、男の子も性被害にあうのだということを周囲の大人がしっかり認識していなければ、大人の態度によって被害者はさらに傷つけられることになる。
匿名で子どもからの電話相談を受けつけている「チャイルドライン」には、男の子から性の相談や質問が多く寄せられる。全国のチャイルドラインが2006年度に受けた8万1003件(無言通話を除く)の電話のうち、男子による性の相談は1万2571件で、全体の15パーセントを占めている(特定非営利活動法人チャイルドライン支援センター「2007チャイルドライン年次報告」2007年6月)。
そのなかには、深刻な性的虐待が疑われるような内容の電話も少なくない。そこで語られる内容が事実であるかどうかを確認する手立てはないのだが、性被害をほのめかす少年たちからの電話には多少なりとも切迫したリアリティがある。こうした電話相談を通じて、少年が実際にどのような性被害にあっているのか、なぜそれを周囲の大人に打ち明けられないのかが徐々に明らかになりつつある。
この数年のうちに、日本においても少年の性被害に関する出版物が相次いで発行されている。日本で少年の性被害が論じられたのは、おそらく森田ゆり『子どもと暴力』(岩波書店、1999年)が最初であろう。アメリカで少年への性的虐待の実態が調査されはじめたのは1980年代初頭のことだが、森田はこの時期から少年の性被害の実情に注目し、情報を発信しつづけてきた。
2004年にはJ.サツーロ、R.ラッセル、P.ブラッドウェイ『男の子を性被害から守る本』(三輪妙子訳、田上時子解説、築地書館)が、2005年春にはグループ・ウィズネス編『性暴力を生き抜いた少年と男性の癒しのガイド』(明石書店)が出版され、男性の性被害に関する社会的認知を広げる一助となった。
性的虐待の体験を綴った男性被害者による手記(クリスティアンセン・D・イェンセン『ぼくの話を聞いてほしい 児童性的虐待からの再生』山下丈訳、講談社α文庫、2004年)なども出版されている。
2006年7月にNHK教育テレビで二週にわたって放映された「中学生日記 誰にも言えない」は、男性加害者から性的虐待を受けた男子中学生の心的外傷を描いて大きな反響を呼んだ。
視聴者の反応はさまざまで、被害経験者への配慮に欠けているとする批判的意見も見られたが、インターネット上の番組掲示板には、自分も似たような経験がしたことがあるという子どもたちからの書き込みが相次いだ。この番組をきっかけに、沈黙を破った被害者も少なくないと思われる。
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- クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して「性的な言動」を浴びせることが許されるのだろうか、クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して「直接的な性行為内容」をあらゆる場において受け入れるよう迫ることが許されるのだろうか、クィアを標榜すればそれを望まぬ人たちに対して小児性愛者とその利害関係者の要求に従うよう恫喝することが許されるのだろうか