The Reverberator

メモ用

性暴力扇動商品による性の衝動化・中毒化

北米の調査では、刑務所、精神診療所、及び福祉施設で確認された、己の娘に性犯罪を遂行した三七三人の父親たちの供述によれば、その中の八〇パーセントが性暴力扇動商品によって、衝動的な児童性虐待性欲を得た。本来人間が持つ根源的な性的エネルギーは、本来衝動的ではないはずである。

 

つまり、ポルノグラフィーは性的エネルギーを満たすのではなくて、性的エネルギーを中毒化させ、さらには衝動化・暴力化・犯罪化させるのである。相手を性的モノと見なすことによって、本来人間が持つ根源的な性的エネルギーが衝動化され、中毒化される。

そして、人間が持つ根源的な性的エネルギーの衝動化や中毒化こそが、ポルノグラフィーを含めた性産業にとっては、販売戦略そのものなのである。消費者となりそうな男性たちや少年たちの性が衝動化、中毒化すれば、男性たちや少年たちは衝動的、中毒的に買って、膨大な性産業の消費をするから、多大な利益が得られると計算し、そして見事に「成功」し続けている。

また、例えばテレビのコマーシャル等で、女性の胸や臀部等の性的部位を画面で映し出して視聴者の「注目」を集めたい(性とは関係ない)商品に、サブリミナル効果を使って向けさせるという戦略もよく使われる。こうやって、性と功利主義的戦略が交錯して、経済大国日本で育ち生きる少年たち、男性たちの性の在り方・性の様相が、人間(特に少女と女性)のモノ化を中核として、衝動的・中毒的・性犯罪的・残虐的に変換されつくられてきたのである。

 

言い換えれば、根源的な性的エネルギーを、前記の間主観的・共感的・非物質的に結晶化せず、性的物象化を介して知覚した場合、非物質的で理想的な性の様相の欠如を、物質を介して補充しようとするために、性的エネルギーは物象化を介して中毒的な「欲望」として現れ、ラカンの「転喩の連鎖」のごとくに無制限に生産される。例えば、大阪府警の巡査長は、二〇〇五年から二〇〇六年にかけて、六件の強姦致傷罪及び強姦未遂罪で起訴され、「レイプもののビデオを買って興奮し、衝動が抑えられなくなった。申し訳ない」と供述しているという。

 

そして、性という言語化されてこなかった集団的無意識領域において、(大半のポルノグラフィー、男性週刊誌、スポーツ新聞に見られるような)女性の性的物象化と性的支配を通じて、権力者たちによって、支配下にある男性たちのマインドコントロールが狡猾に実行されてきたという、皮肉な日本の性の歴史がある。例えば、第二次世界大戦中の日本国立大量集団強姦所(加害者中心的に「慰安所」と呼ばれる)は、兵士たちに軍事指導者たちへの絶対的・無条件的な服従をさせるためのマインドコントロールのテクニックであったとの指摘は、数々の歴史学者によってなされてきている。

 

チャタレー夫人の恋人』等の間主観的な様相の性表現を読んだ結果派生するカタルシス効果(自慰行為を含めた)は、相手の人権を重んじる性の様相に性的快楽を知覚する傾向を、読者の精神の根幹において促進する効果を持つため、後に読者が実際パートナーと性関係を育む状況においても、パートナーの人権(性的尊厳と性的意志)を重んじ、パートナーに最善を願う、共感的・間主観的な様相の性的行動様式を、無意識及び意識的に促すので、この種の性表現は奨励されるべきである。

 

しかし反面、暴力アダルトビデオ・DVDを含めた性暴力扇動商品を視聴した結果派生するカタルシス効果は、被写体を性的に物象化する過程で、視聴者の性を衝動化・中毒化し、さらなるカタルシス効果を無限に連鎖的に求める結果となり、チャタレー判決が危惧するごとく、「人間の性生活の制御を困難」にし、特に隠れた私的・非公然的空間において、「放恣に陥らせる」。

家庭における、父親による継続的な児童性虐待は、こういった内部構造があろう。例えば、日本における弁護士たちの報告によれば、四歳の幼女は、性暴力扇動商品愛好家の父親と入浴中、父の性器をにぎる、なめる、両足を開いてポーズをとるなどの行為を強要され、性器に父の指を入れられた。一二歳の少女は、父親にアダルトビデオを一緒に視聴させられ、その直後に強姦された。

 

 

柴田朋『子どもの性虐待と人権 社会的ケア構築への視座』(明石書店)p.102-105

 

子どもの性虐待と人権

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