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EFFORTLESS FRENCH

「性的裏切り」「性的虐待」「近親姦」「トラウマ」

リチャード・B. ガートナー『 少年への性的虐待 男性被害者の心的外傷と精神分析治療』(宮地尚子ほか訳、作品社)より

 「性的裏切り(sexual betrayal)」は、「性的虐待(sexual abuse)」、「近親姦(incest)」、「性的トラウマ(sexual trauma)」という、よく使われる表現よりも広い範囲の経験を表す。簡単に言うと、裏切りは、「ひそやかな(implicit)または明白な(explicit)形で信頼を侵害すること」を意味する。

これは、定義からもわかるように、対人的な経験である。関係性がより親密で、必要不可欠なものであればあるほど、その中での侵害がもたらす裏切りの度合は大きくなる。裏切りにおいては、壊れることがないはずの絆が壊され、最も私的で信頼に満ちた個人の関係性が欺かれることになる。

 

裏切られる人とは、心が引き裂かれ、ねじれ、粉々にされ、ひどく傷ついたと感じる。対人関係への影響については、Cheselka(1996)が記しているが、裏切りは「信頼を侵し、他者を侵害するのみならず、親密な関係性が提供するはずの安息の場をも侵害してしまう……暗黙の約束は破られ、否定される……それは、世界観であるとか、対人関係を形作る信念や準拠枠という、人間の土台となる部分を変えてしまう」。

対人関係における準拠枠がこのように破壊されることが、性的なものであるか否かを問わず、すべての裏切り行為の核心である。対人的な裏切りが個人の世界観に及ぼす影響は大きく、将来の親密な関係に対して悲惨な影響を与えかねない。

 

虐待(abuse)は裏切りの一つであり、さらに搾取の要素が加えられたものである。虐待が行われる時、虐待者は虐待される側の欲求を考慮せず、自分の欲求を満たすためだけに力関係を駆使する。虐待には様々な形がありうる。身体的虐待、情緒的虐待、経済的虐待がしばしば性的虐待に付随し、どれも同じくらい重篤で劣悪な結果を生む可能性がある。

 

性的虐待は、虐待者が自分の欲求を満たすために、まだ自立できない弱い立場にある被害者に対し、力の差からくる優位な立場を利用して行う性的行動である。それは、「子どもへのしかるべき欲求や発達状況を考慮せずに、大人が自分の問題を解決したり、自分の欲求を満足させるために、まだ未熟な子どもを悪用すること」である。

これらの欲求は性的な形をとるが、性欲は必ずしも主な動機ではない。虐待者の動機は、自分に自信がないことや、そのために力を持ちたいと思うこと、性的に攻撃しなければ自分の気持ちを落ち着けられないこと、人を罰するような歪んだ形ではあっても対人接触を持ちたいという強い内的衝動である。

 

性的虐待が二人の大人の間で起こる場合は、たいてい身体的または心理的な強要が明確にある。しかし子どもが虐待される場合は、性的行動に合意しているように見えることもある。けれどもこの関係性の核において、同意はありえない。子どもたちには、大人との性的行動についてインフォームド・コンセントを与える能力がない。しかし、この性質を利用して子どもたちを搾取しようとする年長の虐待者──大人とは限らない──に子どもたちは簡単に従わされてしまう。


子どもは、大人──特に何らかの形で実際に、もしくは象徴的に、その子どもの運命を左右する者──との性的行動が持つ情緒面での意味合いを熟慮したり、理解することが、発達的にまだできない。しかし本書を通じて多くの例を見ていくように、多くの子どもたちが自分はまだ虐待に同意することなどできない年齢であったことを理解できない。このため不幸なことに、自らの身に起きたことは自分の責任だったのだと、大人になってから確信してしまう。


つまり、子どもに対して権力を持つ者と子どもとの間の性的行為はすべて、性的に虐待的であるといえる。これは、実際の関係の構造から権力が生じている場合すべてに当てはまる(例えばベビーシッター、教師、親による児童虐待例など)。

被害者と虐待者との間に年齢差があるために、子どもが暗黙の力を感じる場合も同様である(例えば、近所のティーンネイジャー──彼は養育者ではない──に虐待された幼い少年の場合など)。

また、その性的行為を子どもがいくら望んでいるように見えても、同じことがいえる。「望んでいる」ように見えようが見えまいが、性の自然な発達過程が侵害され、むりやり性に目覚めさせられることは、虐待である。

つまり、彼の子ども時代そのものが侵害されてしまう。時に、男性は──時には確信させられるほど──大人との早熟な性的体験によって傷ついたりしないと断言する。しかし、それをかなり上まわる頻度で、微妙なものであれ、明白なものであれ、何らかの良くない結果が待ちかまえているのである。

 

近親姦(Incest)は、心理学的にいうと、性的虐待の中でも特に破壊的である。近親姦は家庭外の性的虐待に比べ、より甚大な影響を与える。近親姦の発生を何らかの形で支えている家族システムがあり、かつその中で慢性的に虐待が続くことが多いためである。親が虐待者の場合、とりわけ影響は著しい。子供は、基本的な人間関係の一つかそれ以上の歪んだ状況に長時間おかれ、逃れられずに育つことになるからである。よって近親姦は、最も深いレベルの裏切りになる。


しかし、近親姦というと、一般的には血縁の近い者との性的行為を意味するが、「力を持ち、信頼され、保護すべき立場の者からの侵害」というより広い意味の解釈もある。この定義だと、子どもに性的裏切り行為をする年上の養育者はすべて、一種の近親姦を行っていることになる。それは、親からの裏切り行為とほとんど同じ結果を子どもにもたらすかもしれない。

つまり、養育してくれる大人たちに子どもが自然に向ける信頼が、その行為によって破壊されてしまうのである。

 

裏切りも、虐待も、近親姦も、虐待者の関係性の質を表わす対人間関係的な概念である。これに対して、トラウマ(外傷)──一般的に身体的な外傷ではなく心的な外傷を私は指している──は裏切りによって被害者が被る影響を表わす。

トラウマは、人生での圧倒されるような出来事に対する反応である。トラウマティックな出来事は、予期不能で、非日常的で、たいてい警告なしで襲ってくる。それはその人の対処能力を超えており、心理的な安定や準拠枠を崩壊させる。

 

p.31-33                        

 

 

少年への性的虐待―男性被害者の心的外傷と精神分析治療

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