性犯罪者の個人情報の公開制度としてよく知られているのが、米国のミーガン法である。1995年にニュージャージー州法として成立し、97年には連邦法として施工された。
すでに刑を終えた人の個人情報を公開することは憲法違反となるとの考えからミーガン法の反対意見も強かったが、2003年に米国連邦最高裁判所が、州政府が刑期を終えて釈放された性犯罪者の写真や住所などの個人情報をインターネット上で公開することを求めたミーガン法改定案を合憲とする判決を出した。
カリフォルニア州でも2004年12月以来、ミーガン法により刑期を終えて出所した性犯罪者を自宅からもオンラインで検索できるウェブサービスが提供されている。詳細情報は日本語も含む多言語で、URL(http:meganslaw.ca.gov/)で知ることができる。
だが、ミーガン法が連邦レベルで施工されてから10年を経て、当初から懸念されていた弊害が実証的調査をもって報告されるようになった。
連邦法務省の「性犯罪者管理センター」が発行する保護観察、警察関係者への研究教材には、性犯罪者に関して社会で信じられている根拠のない神話と事実が列記されている。その第一の神話として挙げられているのが、
1 大半の性犯罪加害者は被害者が知らない人であるというのは神話である。
レイプなどの性犯罪の加害者の10人中9人までが、被害者の親族、友人、かつての恋人などよく知っている人である。子どもへの性犯罪の大半は子供がよく知っている人で、男子の場合は約60%が、女子の場合は約80%の加害者が子供の家族や知人である。
その第二に挙げられているのは、
2 性犯罪者の再犯率が高いというのは神話である。子どもを対象にした性犯罪を犯した者がその五年間に、再び性犯罪を犯す率は13%だが、性犯罪以外の犯罪の再犯率は37%である。
日本の2007年版犯罪白書からも似たような事実を見ることができる。「性犯罪再犯状況──犯目が性犯罪(強姦、強制わいせつ及び強盗強姦)であった者のうち、30%はその後性犯罪以外の罪を犯しているが、性犯罪の再犯は5.1%にとどまっている」
そもそも米国において、ミーガン法の法制化を後押ししたのは、「性犯罪は再犯率がきわめて高い」という声高な世論だったが、それはマスコミの過熱報道や、政治家らの票集めをねらう主張が生み出した根拠のない神話だったことが明らかにしている。
また、多くの性犯罪者の治療と更生は、少数の加虐的ペドファイルを除けば、一般に信じられているよりはるかに可能であることも指摘している。
2006年3月にわたしは性犯罪の更生に取り組むサンフランシスコ保護観察局性犯罪特別応対課長にインタビューをする機会を得、ミーガン法施工後10年たって、アメリカ社会が抱えることになったその弊害の深さを知った。
「問題は不安です。ミーガン法は人々の不安を増大してしまうのです」と同法の執行担当者である保護観察局の課長は言った。
「家庭からアクセスできるウェブサイトを検索することに一生懸命であればあるほど、不安感ばかりが増大する。自分の街のどこにおそろしい人がいるか、何人いるか、どんな顔をしているか、そんなことばかり話題になる。自分の子どもをねらう性犯罪者はミーガン法のリストの中にいると思い込んでしまっている。でも子どもたちが最も性犯罪にあいやすいのは、ミーガン法リストに載っている知らない人からではなく、親族、学校、スポーツクラブ、友人関係、などのよく知っている大人からなのです」
同じ街に性犯罪者がいるかもしれないとの不安に振り回された親たちは、パソコン前でネット上の性犯罪者の情報を読むことに熱中はしても、目の前の子どもの話に耳を傾けることをおろそかにしている。子どもの様子の異変に気づこうとしない。
子どもを性的虐待から守る最も効果的な方法は、子どもとコミュニケーションを密にすること、子ども自身が使える対処策を教えること、子どもに人権意識を持たせることである。
2006年2月、国会の衆議院青少年特別委員会、子どもの安全対策というテーマで参考人として意見を聞きたいと呼ばれて話をした。04年の奈良、05年の広島、栃木で起きた少女誘拐殺人事件などへの対応策を練る委員会だった。そこで、性犯罪者への取り締まり強化のために日本にもミーガン法のような厳しい法律が必要なのでは、と意見を求められた。
もちろん性犯罪者へのきびしい罰は必要である。しかしすでに弊害も論じられているミーガン法のような法整備に予算をかける前に、被害者へのケアの充実と、性犯罪予防教育に力を入れることのほうが先だという主旨の意見を述べた。
p.55-60
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