ロジャー・J.R.レヴェスク『子どもの性的虐待と国際人権』(萩原重夫訳、明石書店)より。
法制度は、問題解決への社会的対応を大きく限定する。いくつかの法制度形態が存在するけれども、それらは、両極端の間で運用される傾向にある。
一つの極は、無実の被告人の保護と自由を強調し、特権を与える。この弾劾的手法は、対立する当事者が、裁定者に証拠を示して裁定を受けるが、裁定者は、当事者の証拠の提示に大きく制約され、事実上の紛争の決着をつける。この制度の焦点は、法制度を通過する時、被告に保護を与えることである。
個人的自由を特権とすることなく、他の極は、共通善と社会的利益とを強調する。この糾問的手法は、裁定者、すなわち裁判所のより積極的役割を強調する。こうした裁判所は、相当な主導性を発揮する。糾問的裁判所は、情報を集め、事案のあらゆる関係者に尋問し、どちらが勝つかを決定する。
紛争解決についての異なる方法は、必然的に、家族生活、子どもの一般的取り扱い、および子どもの性的虐待に対する対応を決定する。論者は、様々な手法や、それぞれの変種でさえも擁護するけれども、すべての手法は必然的に、社会法的介入に関わる費用対効果の均衡を図る。
(1)糾問的制度
この制度の中心的傾向は、虐待を社会ないし法的問題ではなく、家族的問題とみなすことである。その結果この制度では、政策と実行が、協調、参加、防止、および家族支援への強調によって動かされる家族支援制度として特徴付けられることになる。この手法はまた、警備、監視、および強制的介入を最小限に留めておく支援態様において、地域社会における両親と子どもを援助することを中心に置く。
かくして、刑事司法当局ではなく、精神衛生当局が、ほとんどの子どもの性的虐待事案に対処することになる。虐待を犯罪行為として扱うのではなく、当局は、家族とその維持に対する強い信念に中心を置いた治療哲学を採用する。そこでの家族重視は顕著である。それは、家族内における個々の子ども以上に、家族を保護する動きへと転化する。
子どもの擁護者は、糾問的手法をより子どもに優しい制度として擁護する。そもそもの性質上、糾問的制度は、子どもに対して敵対性が弱いように思われる。例えば、性犯罪者の訴追への執着が弱いことは、間違いなく、法廷内で生の証言をすることから来る、トラウマの可能性を経験する子どもの数を減らすであろう。
しかし、処罰から重点を外すことはまた、問題を孕んだままでもある。これら当局が、大部分家族志向であるとした場合、家族外での性的虐待事例はしばしば見過ごされ、めったに取り上げられなくなるからである。性犯罪の訴追は、家庭内であれ、家庭外であれ、より頻度が少なくなるだろう。子どもの福祉に対する、この手法を弾劾主義から切り離しているのは、直接的介入を重視しないこと、より広い家族支援、より子どもに優しい手続の制定である。
(2)弾劾的制度
性的虐待に関する世間の憂慮と法的介入の効果もまた、紛争解決の対審的手法として特徴付けられる制度を改革することへの支持を勢いづかせた。この手法を採用している国は、私生活における国の役割を最小化し、政府支出を抑制し、個人と家族による責任および解決を奨励する傾向にある。家族のプライバシーと、国家の役割の縮小に対するより大きな強調傾向に沿って、子どもの保護を解釈するのは単純化しすぎであろうが、その要因は、子どもの福祉についてのこのモデルの、支配的特徴を例証するのに事実役立つ。
それは、個人責任と、個人の失敗に重点を置くものである。こうした制度は、虐待の害悪から子どもを保護することを、何よりも先ず要求されている問題として認識する。
制度が計画通りに機能する場合、訴えは素早い「子どもの救出」努力をもたらし、家族を含む子どもの虐待者からの引き離しをもたらす。糾問的制度が、家族と地域社会の支援を重視するのに対して、子どもの保護の重視は、この手法を明らかに特徴付けるものである。
弾劾的制度における子どもの保護努力は、本質的に二又から成る。第一は、主に専門家に対して、虐待の疑わしい兆候を報告するように奨励する、積極的義務的報告制度の利用を通じて性的虐待を明るみに出すことを目指す。
第二に、虐待が起きたかどうかを判定し、犯罪者を処罰することを目指す。このモデルの双子の目標は、性的虐待を処罰し、当該虐待を、その影響が同様に破滅的である他の形態と区別して取り扱う試みの反映である。
二つめの目標は共に、虐待を明るみに出すために追跡し、その禁止に関する明快な言明をなすことによって、性的虐待の沈黙のエコロジーと取り組むことを目指している。
刑事司法制度を利用することの重視は、劇的効果を持ち、とりわけ論議を呼び、誤った追及からの保護とは全然ならないけれども、しばしば尊い個人の自由の保護と対立するとみなされている。出現しつつある困難は、法制度を子どもの特別な脆弱性と調和させ、重要な対審制度の伝統を維持する必要性を反映している。
それは、糾問的制度における実行とは対照的に、書証に比べて口頭での証拠への強い選好を持っていて、反対当事者によって招かれた専門家の証拠に対する、生来の不信を抱いている。幾つかの国は、次のような重要な傾向を持っている。処罰、報告義務、および子どもの証言の導入の差異である。
p.255-256、256、262-264
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