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メモ用

他人の境界を侵害し彼らを利用するような人は加害者と称される、境界は教える必要がある

ピア・メロディ『児童虐待と共依存 自己喪失の病』(内田恒久 訳、そうろん社)より

境界システムは目に見えない、三つの目的を持った象徴的な「壁」である。その目的は①私たちの領域へ他人が侵入したり、私たちを害することを防ぐこと②私たちが他人の領域へ侵入し、彼らを害するのを防ぐこと、そして③私たち各自に「私たちのあるがまま」の感覚を具体的に表現させることだ。

境界システムには二つの部分がある。外的境界と内的境界だ。


外的境界は、他人との間の距離を私たちに決めさせ、他人が私たちに触れるのを許したり拒んだりするのを可能にする。私たちの外的境界は、私たちの身体が他人の身体を傷つけるのも防ぐ。

外的境界は二つの部分に分けられる。身体的境界と性的境界だ。私たちの外的身体的境界は、どの程度まで人を自分に近寄らせるか、また彼らが私たちに触れていいかどうかをコントロールする。

また、もし私たちに完全な外的境界があれば、他人の身体に触れていいかどうかの許しを求めることを知っているし、彼らに不快感を与えないようにあまり近寄り過ぎないように気をつける。同様に、私たちの性的境界は性的な距離と接触の度合をコントロールする。

 

内的境界は、私たちの思考、感情、行動を保護し、それらを機能させている。私たちが内的境界を働かせているときは、思考、感情、行動に責任を持つことが可能で、他人のそれとは区別ができ、私たちが考えたり、感じたり、行うことで他人を責めることはない。

内的境界があると、他人を操作したりコントロールせず、他人の思考、感情、行動に責任をとることもやめさせてくれる。

 

私は自分の外的境界を、私の上を覆っている鐘の形をした水差しに見立てて思い浮かべる。私が他人との距離や他人に触れることをコントロールするのに応じて、その外面は外に内にと移動する。内側にしか開かない小さな扉がついた防弾チョッキとして、私は自分の内的境界を思い浮かべる。扉を開けるか閉じたままにしておくかを私がコントロールしているのだ。

そしてこれらの境界を思い浮かべることで、私は他人の粗暴な行動、言い方、感情から意識的に自分を守っている。

 

境界のない人は他人の境界に気づかなかったり、敏感にはなれない。他人の境界を侵害し彼らを利用するような人は加害者と称される。ひどい加害者は身体を叩いたり性的に他の人(配偶者、子どもたち、友人)を襲うような、あくどい虐待者だ。

 

完全で柔軟な外的境界や内的境界があれば、自分の選択で自分の生活において親密な関係を持てるし、身体的に、性的に、情緒的に、知的に虐待されたり、あるいはスピリチャリティが損なわれることからは守られる(もっと力を持った大きな無礼者と突き合わない限りは)。


ひどい加害者による虐待の例は、少なくとも被害者や目撃者からはそれと認識するのは比較的容易だ。しかし、目立たない境界侵犯の例はそれほど明確ではない。

 

(中略)

 


境界は教える必要がある


とても幼い子どもたちには境界や虐待から自分を守ったり、他人に対して悪い態度をとるのを禁じる内的方法はまったくない。親は子どもたちを他人の(特に親自身の)侵害から守ってあげる必要がある。

また親は丁寧に子ども自身の虐待的行動と対決する必要もある。最終的に、大人になるまでに子どもたちに健全で確固たる、かつ柔軟な境界を持つことを教え込むのは、この親の防護と子どもとの対決だ。


しかし、機能不全家族で育った人たちは一般的に様々な境界の障害で苦しんでいて、その障害は十分に防護されていないか、防護過剰のいずれかだ。養育的とは言えない育児を経験した結果、四つの基本的な障害が生じている。

①境界がない、②損傷がある境界、③境界ではなく壁がある、④壁と境界欠落状態を行ったり来たりする。

 

境界のない人々は、境界を侵されているとか侵しているという感覚がない。そのような人は「ノー」と言ったり自分を守ることが困難だ。「それをやめて。触って欲しくない」とか「あなたの気持ちや考え、行動は私の責任ではない」と言う権利が自分たちにあるという明確な知識もなく、彼らは他人から身体的、性的、情緒的、あるいは知的に利用されるがままだ。

 

境界のない共依存者は防護を欠くばかりでなく、他人が共依存者に境界を設ける権利があることを理解する能力もない。それ故に、境界のない共依存者は何かまずいことをしているという自覚なしに、他人の境界に踏み込んでしまう。

犠牲者は虐待を受け、一方、加害者は虐待を行っているという点を除けば、犠牲者も共依存者である加害者も同じ問題を抱えている。長時間、この行動を意志の力でやめることはどちらもできない。完全なあるいは健全な境界の持ち主は、「成熟」した大人が虐待をやめられないとか犠牲者のままでいることなんて想像できないから、共依存の苦しみにとらわれている人に対してはほとんど同情がわかない。

 

損傷した境界システムには「裂け目」がある。損傷した境界を持った人は、ある時もしくはある人に対しては「ノー」と言って、限界を設定し自分を大切にすることができる。

しかし、他の時あるいは他の人に対しては、彼らは境界を設定する力がない。そのような男性や女性たちにとっては、ほんのひと時だけは防護が存在する。

 

例えばある人は、権力を持った人や配偶者、または彼らもしくは彼女の子ども以外の人とは誰とでも境界を設定できる。あるいは、疲れていたり、病気だったり、怯えたりしていない時だけ境界を設定することができる。
さらに、損傷した境界システムを持つ人たちは、他の人たちにも境界が存在するということには中途半端な認識しかない。特定の人たちやある状況下では彼らは加害者となり、他人の人生に干渉してコントロールしようとしたり操作しようとする。

 


p.39-45 

  

児童虐待と共依存―自己喪失の病

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