キャロライン・M・バイヤリー『子どもが性被害をうけたとき お母さんと、支援者のための本』(宮地尚子、菊池美名子、湯川やよい 訳)より、後藤弘子「法的観点からみた日本における性的虐待の対応」
犯罪者に対して、これまで刑事法は、起こった行為について責任をとってもらうということを中心として考えてきました。そのため犯罪被害者は、加害者に責任をとってもらうために必要な存在として考えられてきました。
ようやくこの10年ほどで、犯罪被害者は、加害者に責任をとらせるための存在としてだけではなく、支援をうけるべき独立の存在だということが理解されるようになってきました。
けれども犯罪被害者の権利の確立に向けて声をあげ、運動してきたのは、主に犯罪被害者遺族だったために、犯罪被害者遺族にとって必要な制度を中心に被害者支援制度が整備されてきました。
そのため、被害にあったけれども沈黙を守っている人や、警察に被害届を出すどころか相談することすらできない性犯罪被害者、特に近親姦の被害者たちに対する配慮はほとんどないといっていいでしょう。加えて、子どもが被害者である場合には、子どもたち自身で声を上げられないし、声を上げても誰も聞いてくれないために、犯罪被害者の埒外におかれてしまっています。
性的虐待の被害にあった子どもにとって、一番望ましいのは、二度と被害に遭わないことです。けれども今の制度では、性的虐待を子どもがやっとの思いで打ち明け、児童相談所や警察が介入しても、子どもを加害者から一時的に分離することができることの精一杯です。
しかも、それもアメリカのように加害者を家から追い出すのではなく、被害者の子どもを一時保護して、虐待をしていない親や家族からも離し、しばらくは学校にも行けなくさせ、友達とも会えなくするという方法で、被害者の安全を守るしかないのです。
そのような形での「安全の保障」は、被害者に更なる負担をしいるものでしかありません。しかも、そのように保護された被害者がカウンセリングを受けられるような支援も、十分には期待できません。
性犯罪被害者の支援で大切なことに、「あなたは悪くない」ということを分かってもらうということがあります。けれども、家や学校から自分だけ切り離された子どもに、いくら「あなたは悪くない」ということをいっても、その言葉はなかなか信じてもらえないでしょう。
やっとの思いで性的虐待を打ち明けても、その先の支援がほとんどない状況では、性的虐待を打ち明けることが、かえって被害者や母親を追い詰めることになってしまうのです。
これはドメスティック・バイオレンスでも言えることですが、被害者が逃げるなど環境を変えるのではなく、被害者はそのままの場所にいて、加害者を被害者から切り離すという方法をとることが一番大切です。
そのために、児童虐待の場合も、ドメスティック・バイオレンスのように接近禁止令や退去命令が出せる制度を作ることが必要です。
ドメスティック・バイオレンスの場合、この制度は、現在、母親と一緒に暮らす子どもの安全を確保するにも一定程有効に働きます。
性的虐待の場合、今の制度では、母親が子どもの安全を確保する全責任を負ってしまいます。それは、母親がドメスティック・バイオレンスの被害者であるような場合には、とても大変なことです。
加えて、性的虐待は保護者以外からも起こります。今児童虐待は保護者が加害者の場合だけを想定して、それを中心に児童相談所は動いており、学校で起きている性的虐待について、特別な対応ができていません。学校も家庭とは異なる意味で、「密室」になりやすいことからすれば、学校での性的虐待についても特別な対応が行えるような制度を作ることが求められます。
犯罪はすべてそうですが、性的虐待も、被害を受けた子どもにとって取り返しのつかない重大な発達上の影響を残します。その影響を少しでも減らすためには、長期にわたる子どもや虐待者ではない親に対する支援が不可欠です。
現在は、18歳になったら児童相談者等による支援は終わりますが、それで十分ではないことは言うまでもありません。
p.204-206
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