キャロライン・M・バイヤリー『子どもが性被害をうけたとき お母さんと、支援者のための本』(宮地尚子、菊池美名子、湯川やよい 訳)より
1 警察に対する通告は、あなたかほかの関係者が行います。近親姦の事件では、通告が学校関係者や第三者によりなされることもあります。
2 子どもの安全の確保 近親姦の事件では、児童保護局のケースワーカーが担当者になり、その子の安全を確保するための最初の評価・判断をします。
この経路で通告がなされた場合は、警察が捜査するために、加害者がその家を出されるか、被害にあった子どもが72時間を限度として、家庭から分離されることになります(注意していただきたいのですが、子どもが保護され一時的に里親の所に預けられた場合、あなたには、法定期間内にその後の監護者を決定するために、一時保護審理(シェルターヒアリング)を受ける権利があります。通常は、この審理手続きは、72時間以内に自動的に開始されますが、母親からの申請が必要な州もあります)。
3 警察による捜査の実施 近親姦事件の場合、警察の捜査は通常72時間以内で速やかに行われます。家庭内の事件でない場合は、それより時間がかかることがあり、実際、数週間かかることもあります。
どちらの場合でも、子どもを含む関係者すべてを対象として、捜査が行われます。多くの地域では、警察は、検察や児童保護局のケースワーカーとのチーム作業によって捜査を行うため、被害をうけた子どもは、ひとつの調書をつくるのに一度だけ証言をすれば済みます。
そして、その際には、専門的な訓練を受けた者が、子どもにとって安全な環境で話を聞きます。また、この事情聴取を行う部屋にマジックミラーの窓がついている場合には、母親が事情聴取の様子を外から見ることができます。
さらに、もし母親が子どもへの事情聴取に同席しようと考えているならば、各地域にあるレイプ救援センターに司法手続救援者を紹介してもらい、事情聴取でどのようなことが聞かれるのかを説明してもらったり、あなた自身の心理的なサポートをしてもらうことをおすすめします。
4 容疑者の取調べと逮捕 嫌疑をかけられた加害者(容疑者)は警察による取調べを受けた上、場合によって逮捕されることもあります。
この取調べの時点で、加害者は自白調書に署名をするという選択肢がありますが、犯行を否認する場合もあります(注 検察官が、子どもから聞いた調書内容をもとに性的虐待の起訴を行う可能性が高い地域では、加害者が自白したり、有罪の答弁をする確率も高くなっています)。
加害者が取調べ段階で犯行を認めた場合には、法定で事実を争う必要がなくなるので、加害者もその家族も、事件を公にされることや嫌なことを無理やり証言させられることによるトラウマもおわずにすみます。
また、多くの州では、自白があった場合、加害者の処遇は、拘禁刑ではなく、治療処分になることも少なくありません。
5 検察による起訴 加害者が容疑を否認した場合には、検察は、その加害者に対して、特定された罪状について起訴するという内容が記載された書類を裁判所に提出します。その際の検察局は、罪状認否の手続きの日時を決めます。
6 容疑者による罪状認否 容疑をかけられた加害者は、裁判所において、起訴された罪状に対して有罪か無罪かについての答弁を(通常は弁護士を通じて)します。あなたが罪状認否手続に立ち会えるかどうかについては、検察に確認してください。
7 公判前手続 公判前手続は、罪状認否手続と公判手続のあいだに行われます。この手続では、検察官と被告人の弁護士が証拠を提出し、公判で争う内容の詳細を検討します。おそらく、この手続には、あなたも子どもも立ち会うことはできないでしょう(公判前手続と公判手続が始まった時点で、容疑者は「被告人」と呼ばれることになります)。
8 監護者決定手続きにおける事実認定 近親姦の事件で被害にあった子どもが一時的に里親の下に預けられている場合には、第2回目の審査が行われ、その子どもが継続して里親のところで監護されるべきかどうかを、少年裁判所裁判官が決定します。
第2回目の審理は、「45日」審理と言われることがあります(州によって日数は変わります)。審理は、少年裁判所で行われる民事上の取り扱いで、刑事法としての取り扱いではありません。
9 刑事裁判 公判手続きは、起訴された犯罪がおこった地域を管轄する第1審裁判所で行われます。
担当検察官は、母親であるあなたと子どもに対して、裁判の中でどういうことが行われ、問われる質問にどのように答えたらよいのかを十分に説明しなければなりません。こうした事前準備は裁判を効果的に進めるためにとても大切なことです。この段階で知りたいことについては検察官に何でも聞くことができますし、あなたや子どもが裁判で証言を求められるのかどうかも確かめておきましょう。
もし子どもとあなたのどちらか一方でも証言台に立つことになっている場合、もしそうしたいと思ったら、事前に実際に公判が行われる部屋を見せてもらいたいと頼んだり、質疑応答の練習をさせてもらうように求める必要があります。
また、レイプ救援センターの司法手続援助者にこうした準備過程や裁判に同伴してもらったり、さらに必要な情報をもらったりすることもできます。
裁判が始まれば、あなたやあなたの子どもは、必要な証言をするとき以外に法廷にいる必要はありません(注:子どもがうけてきた精神的虐待があまりにも深刻な場合、子どもの証言にビデオ録画を利用するのが許可されることがあります。こうすることで子どもは人前で虐待経験を語ったり、被告人弁護士から混乱させられたり傷つくような質問を受けてさらにトラウマを悪化させなくてすみます)。
裁判の結果は陪審員の手に委ねられ、有罪か無罪かが決められます。裁判によっては、目撃証言によって新たな事実が判明し、手続のなかで、起訴事実が変わることもあります。その場合、より軽い犯罪になる可能性が高くなります。あるいは、弁護士が検察に対して(法廷の外での)司法取引を提案することもあります。これは、呈示された罪状の一部を、被告人が認めるということです。ただ、重罪の場合には、司法取引を認めない州もあります。
p.118-121
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