女性犯罪研究会編『性犯罪・被害 性犯罪規定の見直しに向けて』(尚学社)より
[日本における性犯罪の公訴時効の現状]
性犯罪の公訴時効期間は現在、次のとおりである。強姦罪、準強姦罪、集団強姦罪は10年(刑事訴訟法250条2項3号)、強姦致傷罪は15年(刑事訴訟法250条2項1号)、強姦致死罪は30年(刑事訴訟法250条1項1号)である。
強制わいせつ罪、準強制わいせつ罪は7年(刑事訴訟法250条2項4号)、強制わいせつ致傷罪は15年(刑事訴訟法250条2項1号)、強制わいせつ致死罪は30年(刑事訴訟法250条1項1号)である。
このような現状につき、以下では、2つの視点からの検討が必要であろう。1つには、現在の性犯罪の公訴時効期間が妥当なのかということである。すなわち、性犯罪の特質を踏まえた特別な配慮(具体的には、他の犯罪よりも延長する、あるいは廃止する)が必要なのか否かということである。仮に必要であるとした場合には、どの程度必要なのかを検討する必要があろう。
2つには、一定の年齢者層に対する特別な配慮が必要なのか否かということである。前述のように、被害者が小学校入学前や小学生のときに性犯罪被害を受けることもあることから、未成年時には被害を警察等に届け出ることができず、成年に達する前に公訴時効が成立する可能性があり、性犯罪被害が潜在化する危険性がある。このようなことを考慮して、制度上、特別な配慮を講ずる必要があるのかを検討する必要があろう。
[フランスの現状]
フランスでは、公訴権の消滅に関する時効(公訴時効)につき、重罪は10年、軽罪は3年と定められているが、性犯罪に関しては、強姦罪(フランス刑法222-23条から222-26条)と、15歳未満の未成年者等に対する加重性的攻撃罪(フランス刑法222-30条・227-26条)は20年、その他の性的攻撃罪(フランス刑法222-27条から222-29条・227-25条・227-27条)は10年と定められている(フランス刑事訴訟法7条・8条)。
被害者が未成年の場合には、成年(満18歳)に達した時から公訴時効の進行が開始する(フランス刑事訴訟法7条・8条)。したがって、強姦罪と15歳未満の未成年者等に対する加重性的攻撃罪については満38歳まで、その他の性的攻撃罪については満28歳まで、加害者を訴追することができる。
これは、幼少期に性犯罪被害を受けた被害者を救済するため、被害者が自己の受けた性犯罪被害を自らの判断で捜査機関等に届け出ることが行いうると考えられる成年を公訴時効の起点にしたものである。
[ドイツの現状」
ドイツでは、公訴時効期間につき、無期刑が定められている罪は30年、長期において10年を超える有期刑が定められている罪は20年、長期において5年を超え10年以下の有期刑が定められている罪は10年、長期において1年を超え5年以下の有期刑が定められている罪は5年、その他の罪は3年と定められている(ドイツ刑法78条3項)。
性犯罪の公訴時効に関しては、他の犯罪と同様である。
ドイツ刑法174条から174条c、及び176条から179条に定める罪(性犯罪)については、被害者が満21歳になるまで公訴時効が停止される(ドイツ刑法78条b1項)。これは、特に年少の被害者が犯人との関係で従属関係にある場合に、被害者が性犯罪被害の申告を決意するまでに相当時間がかかることなどを考慮したことによる。
[韓国の現状]
韓国では、強姦致死罪、強姦致傷罪、類似強姦罪(暴行又は脅迫により、人に対し、口腔、肛門、身体(性器を除く)の内部に性器を挿入し、又は指等、身体(性器を除く)の一部若しくは道具を挿入する行為)、強制わいぜつ罪、準強制わいせつ罪等については、被害者が13歳未満の場合、公訴時効が適用されない(強姦殺人罪については、被害者の年齢を問わず公訴時効が適用されない)。
[未成年の性犯罪被害者に対する公訴時効の停止]
フランス、ドイツ、韓国においてそれぞれ、未成年や低年齢の性犯罪被害者に対する配慮がなされている。日本でも、前述したように、被害者が小学校入学前や小学生のときに性犯罪被害を受けることがあり、これらの国と同様の状況が生じていることから、これにならった立法がなされるべきである。
具体的には、フランスやドイツにならい、成年(満20歳)に達するまで公訴時効が停止される制度を導入すること(刑事訴訟法254条への追加、あるいは特別法化による導入)が望ましいと考える。
p.173-179
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