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沈黙の共謀 ~ 「誰にも言うなよ」と加害者が強いる沈黙、被害者が守ろうとする沈黙、そして被害者が語れない環境を温存している社会全体が培養する沈黙

森田ゆり『子どもの性的虐待』(岩波新書)より

 

沈黙の共謀

なぜ子どもへの性的虐待が起きるのか。この素朴な疑問に対する答えは単純ではない。一つの性的虐待ケースの発生にはさまざまな要因が重なっている。個人、家庭の持つ要因の背後には、文化的・社会的要因が影響を及ぼしている。一つのケースに関わる際には、総合的な視点を持っていることが大切である。


性的虐待がしばしば深刻にして長期的なダメージを被害者にあたえる最大の理由は、そこにまつわる秘め事=沈黙の匂いである。
「誰にも言うなよ」と加害者が強いる沈黙、被害者が守ろうとする沈黙。そして被害者が語れない環境を温存している社会全体が培養する沈黙。

たとえ思い切って子どもが訴えても「あの人がそんなことをするはずない」と信じてもらえず、「犬にかまれたと思って忘れなさい」とたいしたことではないとみなされ、さらには「あんたが誘ったんじゃないの?」と逆に罪の責任を着せられてしまう。


「言ったら怒られる」。なんと多くの被害を受けた子どもたちがそう思っていたことだろう。加害者から怒られるだけではなく、母親から、教師から、子どもを守ってくれるはずの人からも怒られると。だから子どもは黙ってしまう。子どもが黙っている限り加害者は安泰だ。まわりの大人たちは何もなかったと装って、幸福な家庭を、安全な学校を演じ続けることができる。


子どもへの性的虐待が深刻な社会問題であることを世に問うたパイオニアの一人、サンドラ・バトラーは1978年に『沈黙の共謀』(邦訳なし Conspiracy of Silence : the Trauma of Incest, Glide, 1978)を出版して、

 

〈加害者が強いる沈黙〉──〈被害者が守る沈黙〉──〈社会が培養する沈黙〉

 

この三者の沈黙ががっちりと結束した「沈黙の共謀」こそが、性的虐待の発生要因であることを明らかにした。ならば、性的虐待問題に取り組む第一歩は、この沈黙の共謀を崩していくことである。


さらに1980年にはフローレンス・ラッシュが『秘密にしておくのが一番 子どもの性的虐待』(邦訳なし The Best Kept Secret : Sexual Abuse of Children, MacGraw-Hill, 1980)を、81年にはジュディス・L・ハーマンが『父──娘 近親姦──「家族」の闇を照らす』(斉藤学訳、誠信書房、2000年)を出版して、性差別社会の奥に潜む犯罪としての性的虐待がいかに広範囲に起きているか、その被害者の声が家父長制の特権を持つ人々によってどのように沈黙させられてきたかを告発してきた女性たちの10年の運動を代弁した。


ところがその結果、「わたしたちが遭遇したのは窒息するほど膨大な量の否認や合理化や言い逃れであり、それらが文学や社会科学、医学、法学などの権威ある知見としてまかり通っていた。性暴力などは実際にはほとんど起きていないのに女子どもの過剰な空想のなかでだけ大流行している、というのが当時の一般的な考えだった。しかし、この考えは誤りであることがわかった」(ジュディス・L・ハーマン前掲書)。

 

社会学者ダイアナ・ラッセルはその後、この研究分野の記念碑ともなる性的虐待の発生統計調査を行い、もはやそれを女こどもの過剰な空想として無視することなどできない学問的基盤を築いた。

ラッセルの調査(1984年)はサンフランシスコで任意に抽出した18歳以上の930人の女性を対象に、社会学的数量調査方法として、正確な結果を期待し得る最高の基準を満たした方法を用いた。すなわち、面談は回答者の家で行われ、英語が得意でない回答者へはバイリンガルの面談者を派遣するというコミュニティ標本調査を行った。調査の結果は、38%が18歳になるまでに身体接触による性的被害を受けていた。そのうち12%が14歳以前に近親姦被害を受けており、その16%が親類縁者から、4.5%が実父または養父からの被害だった。

 

続いてゲイル・ワイアットがラッセルの方法論と同じ高い基準を満たしたコミュニティ標本調査を行い、45%の女性が18歳になるまでに望まれない性的被害(身体接触のあったもののみ)を受けていた、21%の女性が近親姦被害を受けており、8.1%が父親から被害を受けていたとの結果を出した(1985年)。


こうしたパイオニアによる努力を皮切りに、欧米では、大規模な調査や地域別の調査が数多く行われ、子どもへの性的虐待が膨大な数で起きていることが、もはや看過できない事実であると明らかになっていった。80年代の後半からは、男子への性的虐待も相当な数で起きていることがいくつもの調査からつきとめられていった。

今日では世界的に高く評価されているいくつもの調査をもとに、「三~四人に一人の女性、六人に一人の男子が性的虐待を受けている」と引用されることが多い。

 

p.32-35 

 

 加害者はどのように子どもをだますのか

「性的虐待加害者へのインタビュー調査から防止の方法として学べること」と題した珍しい調査研究がある。当時シカゴ大学社会福祉学部教授のジョン・コンテらによって行われたものだ。

 

質問 ターゲットを選んだ後、どのようにして子どもを性的虐待行為に引き込むのか?


回答の要約 物を買い与えると答えた人が二人。大半の加害者は性行為をする前に、おしゃべりをする、笑わせる、寝室で寝かせる役を引き受けるなどの手なづける行為をしている。「下着姿でその子の前によくいるようにする」「背中をさすったり、額にキスしたり、抱きしめたりする」「何かしてみて、それにどう反応するかを常に見極めて次の行為に出る」「たいていの場合、背中をさすったり、手を握ったりして次第に下半身へ手を伸ばす。性器周辺を触って、何の抵抗もなかったりすると、これはOKなんだと思う。そこで誰も居ないところに連れていく」

 

質問 ターゲットを選んだ後、性的虐待行為に至るためにどんなことを言ったか?


回答の要約 無回答が多かったが、セックスについて話す、性的なジョークを言う、さらに信頼を得るためにおしゃべりするなどの回答があった。「優しい声で子どもの関心のありそうなことを聞く。彼らの話をよく聞く」「15歳の子を相手にしたときは、愛しているよ、もし君も僕を愛してくれるならやらせてくれるよね、と言った」

 

質問 被害者を脅したか?


回答の要約 大半の人は、特に脅すことはしなかった、その必要がない、大人であることと、身体の大きさの違いだけでもう充分に威圧になっていたと答えた。また、大半は「誰かがこのことを知ったら、自分(加害者)か子ども(被害者)が困ることになる」と言った。もし誰かに言ったら「親友から嫌われるよ」「刑務所に行かなければならなくなる」「お母さんが怒るよ」などのだまし文句を使っている。「目つきを鋭くして見るだけで充分コントロールできる」「言いなりにならなかったら、今までのような優しい対応をしばらく止めるとコントロールできる」

 


p.53-56

 

 

子どもへの性的虐待 (岩波新書)

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Conspiracy of Silence: The Trauma of Incest

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The Best Kept Secret: Sexual Abuse of Children

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父-娘 近親姦―「家族」の闇を照らす

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