The Reverberator

EFFORTLESS FRENCH

「非常勤講師ノーマティビティ」とクィア格差

  既婚大学教授に捧げる反婚理論と「新しいレビ記

こういうことがあったとしよう。ある大学教授主催による読書会が開かれた。その読書会には、対象となった著書の著者も参加し、合評が行われた。主宰した大学教授は、その著作は重要な問題を提起しており、その問題を提起していることそれ自体が重要であり、その重要さを認識したことによって自分自身も(自分自身が)言いも言えぬ感銘を受けた、と評した。
ただし、それだけだった。
当該著書の中では、オリジナルかつラディカルな──と、その大学教授が評し、著書のセールスポイントにもなった──「反婚理論」が全編に渡って展開されていた。しかし、その著書を重要な作品と認めたのにもかかわらず、その著書によって大いなる感銘を受けたと著者の眼前で発言したのにもかかわらず、その大学教授は、その理論を実践し、すなわちその理論が命じている規定を「自分自身には」従わせようとはしなかった。そこで特権として遡上に挙げられた制度、差別を温存させていると批判されていた制度、つまり、その大学教授自らが享受している結婚制度による特権を自らは手放すことを一切せず(結婚を解消せず、離婚せず)、他の同僚の大学教員たちにもそのオリジナルな「反婚理論」に則り、既婚者は結婚の解消(離婚)を、婚約などをしている予定者にはそれを断念することを教授会等で求めなかった。また、「リベラルな」政治的信条の持ち主であると知られているその既婚大学教授は、懇意にしている政治家や支援を表明している政党があるにもかかわらず、そのラディカルな「反婚理論」をベースにした婚姻制度の廃止をリベラル政党における重要な政策として提言しなかった──あれほどまでに、その著書を重要だと称賛していたのにもかかわらず、だ。

一方、それに対し、「反婚理論」の著者は、どういう態度を示したのだろうか。ラディカルかつオリジナルな「反婚理論」を掲げ著作を社会に問うた著者にとっては、その「反婚理論」が実践されることが何よりも目的のはずだ。読書会はその実践の場の一つである。婚姻制度に囚われた人々を解放し、回心させること。理論を広め、回心したメンバーを増やすこと。そしてその理論を実行に移すこと。それによって社会を変えること。

注意深い観察者なら、次のことを見逃さないであろう。既婚大学教授に対する痛々しいまでの低姿勢。「反婚理論」を重要だと認めたのにもかかわらず、それを実行に移していない者がいる。それなのになぜ、「反婚理論」の著者は大学教授を問い詰めないのか。

注意深い観察者なら、次のことを見逃さないであろう。既婚大学教授に対する見苦しいまでの低姿勢。「反婚理論」を重要だと認めたのにもかかわらず、それを周囲の人たちに推し進めない者がいる。それなのになぜ、「反婚理論」の著者は大学教授を問い詰めないのか。

注意深い観察者なら、次のことを見逃さないであろう。既婚大学教授に対する腹立たしいまでの低姿勢。「反婚理論」を重要だと認めたのにもかかわらず、国会議員や支援政党にそれを実現させるための法案提出の提言をしなかった者がいる──その機会があったのに、だ。それなのになぜ、「反婚理論」の著者は大学教授を問い詰めないのか。

著者自身、「反婚理論」を実際に実現させようとなんて気はさらさらないのだろうか? 現実社会の悪行の存在をすべてサタンの仕業と見做し、あれこれ無駄なお喋りを費やした昔の人のように、自分が感じる邪悪なことをすべて結婚制度に結び付けて適当に整合性を持たせただけなのだろうか。

既婚者や現状のまますぐに結婚できる人たちに対して何の影響も与えないどころか、その人たちの持っている特権を強硬手段に訴えて剥奪しようともせずに、抵抗どころか、ひたすらそういった人たちに対して穏便で物わかりの良い微温的な振舞いを見せている。「リベラルな」既婚者は、自身の結婚を解消することなく、何も手放さずに、その代わりに「反婚理論」をひたすら重要だと持ち上げるだけで贖罪を得る(与える?)。

その一方で、それとはまったく対照的に、結婚の権利をまだ得ていない人たちに対しては低姿勢どころか高圧的で権威的に振る舞い、結婚を望むことそれ自体が何かの罪に相当するかのような物言いで、その人たちに罪悪感を負わせ、その罪悪感を利用して自分の権威を認識させ、その上で、まるでこの世の不正義をすべて背負わせるかのごとく彼ら彼女らを裁く。

既婚者に対しては痛々しいまでに、見苦しいまでに、腹立たしいまでに低姿勢だったのに、結婚の権利がいまだない人たちに対しては、それを望むことによって彼ら彼女らをまるで悪魔に魅入られた人のように見做し、頼まれてもいないのに勝手に悪魔祓いの儀式を執り行い「婚姻の権利を望んだ」というそれだけの罪でもって彼ら彼女らの内心を裁く。

まるで旧約聖書レビ記』の一節を大声で読み聞かせ自分の正しさに得意になっている者のように、どっかのアメリカ人が書いた「新しいレビ記」(選ばれた民、というより支配しやすい民を目敏く選んで勝手に強引に「その名」を与え、自分たちの権威下に置き、それによって、あれをしてはならない、これをしてはならないと定めた「規約」の総称。もちろん「例外主義」を取っているので、自分たち自身はその「規約」に従わなくてもよいとの解釈が成立している)を聖典に祭り上げ、その中に「ネオリベラリズムの罪」を目敏く見つけ、自分の著書はその正統な注釈であり、だからその正しさによって、「婚姻の権利を望んだ人」を──既婚者には全く通用しない、無力かつ欺瞞的なものであることを誰もが知っているにもかかわらず──「婚姻の権利を望んだ人」だけを選びだし、知ったかぶりを絵に描いたような得意な面持ちで、「あのこと」などなかったかのごとく、彼ら彼女らを断罪する。

 

旧帝大クィア」と新しい学歴主義

 先生の「ラディカルな政治(ポリティクス)」の講義ですが……これまで自然で自明だと思っていたことに対し、先生の「ラディカルな政治」の講義を受講したことによって、それらのことを一つ一つ精査する──精査することを可能にする新たな視点を獲得したような気がします。なんだか目から鱗のようなものが落ち、代わりに最先端と称されるコンタクトレンズを装着したとでも、あえて言いたいような。だからこそ、様々な疑問が湧いてきました。それは自然の流れです──あの、様々なシチュエーションにも適用できそうな、まさに示唆に富んだ「ラディカルな政治」の講義を受けたのですから。むしろ、そういった次々に湧いてくる疑問のために居ても立っても居られない焦燥感に苛まれている、といったほうが今の私の精神状態をより正確に表しているのかもしれません──私は、そのときまで幼子のように感じ、幼子のように語り、幼子のように考えていたのです。しかし「ラディカルな政治」の洗礼を受けた今、幼子だったときのものは捨ててしまわなければならない、そう思いました。先生から見れば私はまだ幼子のような学生ですが。

それで私が幼子のように従順に先生の講義を聴講していたあの日、私は鏡に映して見るように「ラディカルな政治」について講義する先生のことを、おぼろげに見ていました。そのとき私が見ていたのは単なる一面に過ぎなかった──今では顔と顔を合わせるように先生のことがくっきりと見えるようになりました。先生は、ここの大学、すなわち現在私が学生として通っているこの私立大学のご出身ではありません。私が受講している他の教科でも先生と同じ出身の先生が多くいらっしゃいます。でも、調べたのですが、先生のご出身の大学では、ここの大学を卒業した教員の方は、ほとんどいないようです──「その」学科では皆無でした。他大学についても調べました──同様の結果でした。これだけ日本には多くの大学が存在しているのに、日本の大学の教員は特定の大学出身者によって占められている事実──このことは「ラディカルな政治」を学ぶ前は自明で当然のことだと思っていました。しかし今は違います。「ラディカルな政治」は、このようなヒエラルキーを絶対に許さない、そういったことを温存し永続させてはならない、そしてそのような問題を「回避させる」あらゆる事由を問題化する。私が「ラディカルな政治」から学んだのは、このことです。現状のこのあまりの非対称な大学間格差に対して「ラディカルな政治」は、どんな回答を示してくれるでしょうか。

そして「ラディカルな政治」によって幼子らしいことを捨ててしまった私は、先生という鏡を通して「ラディカルな政治」という学問に専門的に関わっている他の人たち──すなわち先生と同じく「ラディカルな政治」の使徒とも言うべき人たちのことが自然と視野に入ってくるようになりました。もちろん「ラディカルな政治」に携わっている研究者の方々は日本ではまだ多くありません。ニッチな学問領域です。しかし、携わっている人が少ないからこそ、他の例えば経済学や英文学のように携わっている研究者が数多くいる学問領域と比べて、際立ってくっきりと見えてしまう「ある傾向」に行き当たりました──単にその集合の例外的な側面にすぎないのではなく、それが「全て」であるかのように見做してさしつかえないようなものとして。ほとんど真実なものとして。

最初、それはおぼろげに目に映っていました。それを把握するのに時間がかかりました。「ラディカルな政治」を知らなかったなら、気にも留めなかったでしょう。私はそれを「ラディカルな政治」というレンズを通して見ることにしました。するとそれは、「ラディカルな政治」を学び、「ラディカルな政治」による視点を手に入れた私には、どうしても納得のいかない事態、つまり「反-ラディカルな政治」とでもいうべき事態だったのです。それはこうです。二人の「ラディカルな政治」を専門としている教員がいる。つまり、同じ「ラディカルな政治」という学問領域を専門とする教員であり、同じくらいの経歴があり、年齢もほぼ同じで、さらに……。しかし二人のうち一人は大学で常勤のポストを得ており、もう一人は非常勤のポストにしか就けていないということです。私は「ラディカルな政治」で学んだ調査法を駆使しました。にもかかわらず、様々な「同じ」という状況の中で「違う」ことといえば出身大学の違いしか二人の間の差異を見出すことはできませんでした(先生もそうですが、先生と同じ大学出身者は比較的若い年齢で「有力」と見做されている日本の大学の常勤ポストを得ているように見えます)。

「ラディカルな政治」という学問を学んだからこそ、私には、そのことがどうしても納得がいかないのです。同一労働同一賃金の原則を反故にしているのではないか。しかもその状態をずっと続けてきた。もし、それが何年も続いてきたとしたら、二人の間にどれほどの収入格差がすでに生じてしまっているのか。収入の格差は勤務先からの賃金だけではありません。共済組合に加入しているかどうか(加入する権利があるか)──国民健康保険との格差は「ラディカルな政治」を学ばなくとも知っています。また、それなりの収入があれば各種民間医療保険個人年金保険に加入しているでしょう──それらは一定金額までは非課税ですよね。それがある年数以上続いていたら、二人の生涯賃金にどれほどの差が生じてしまうでしょう。機会の平等だけではなく、結果の平等も、さらには潜在能力の平等ということまでをちゃんとその視野に入れている「ラディカルな政治」に携わっている人たちに関することだからこそ、この状況は、私には重くのしかかります。

同じ「ラディカルな政治」を教え説く仕事に就いていながら、どうしてある教員は安定した地位と恵まれた賃金を得ることができ、その一方で、そうでない不安定な身分に甘んじなければならない人がいるのでしょう。いったい何がそうさせてきたのでしょう。根本的な原因はなんでしょう。多分、そこに「日本におけるラディカルな政治」の死角があると思います。そしてその死角を見るためには「ラディカルな政治」の外部に自分自身を置くことが必要になるでしょう──「ラディカルな政治」の外側にいる人たちは、言わないだけで、すでにその死角に気がついているかもしれません。

大学の講義だけではありません。先日、一般の人向けの「ラディカルな政治」の講座が開かれることを聞き、参加したいと思い調べてみました──「ラディカルな政治」で学んだこと、つまり物事をどういう視点で見て、その状況をどう適切に判断したらいいのか、ということを意識しながらです。結果はこうでした。講師は三人、その講師全員が同じ大学の方であった──言うまでもなく、先生のご出身大学です。また、最近目にしたNPO主宰の講座や他大学の講座でも同様でした──先生と同じ大学の出身者が講師をされていました。
「ラディカルな政治学」には、Aという事象と同時にBという事象が起こっていると観測されれば、そこには「その」因果関係があるという優れて汎用性の高い理論があります。その理論によれば(ですから、これは直感ではありません、念のため)、これは「学閥と呼ばれるもの」だと思います。学閥と親和性のある、または学閥に浸食されている──「ラディカルな政治」の語彙を使用すれば、そのようにも表現できるでしょう。私は、何年間も同じことを言っている最先端の「アメリカの新興学問」(アメリカ至上主義学問)である「ラディカルな政治」において、日本で古くからその存在が自明視され、古くから日本社会で公然とまかりとおっている学閥の問題が「ラディカルな政治」によって導かれたことに驚きを隠せません。

率直に言って、「ラディカルな政治」のことを知ってしまった私には、旧帝国大学の出身者をその資格とする学士会は家父長制に似ているような気がしてなりません──今でも旧植民地だった台湾や韓国の大学もそこに含まれていることがどうしても気になります。でも、それに包摂されていれば──すなわち他の大学出身者を排除して成り立っている学士会に包摂されていれば──そこに包摂されている以上、それを手放すことなく、手放す必要もなく、そのことを問題にすることなく、問題にされることもなく、他の包摂や排除についての問題を「それ」と切り離して安心して議論できる。幼子らしさを捨ててしまった私には、そこに何かしら抗いがたい日本社会の、それを維持し永続させようとする日本社会の無意識の構造のようなものが映った鏡を見てしまったような気がします。さきほど述べたように「ラディカルな政治」に携わっている人はそれほど多くありません。だからこそ、私が見ている鏡には「それ」が鮮明に映っているのです──言っていることと、実際にやっていることが反転しているように見えるのは鏡のせいだけでしょうか。

先生はどう思っているのでしょう。「それ」を知ってしまった私が今後も「ラディカルな政治」を学んでいくことを。私がもし、この大学の大学院に進学したとして、その後、どこかの日本の大学でその専門家として常勤のポストを得ることができるのかどうか。少なくとも院は「そちらへ」ロンダリングするべきでしょうか。そして非常勤のポストを得るなら「お世話してくれる人」をまず探さないといけないのか──でも、それは、「ラディカルな政治」でいう権力関係に巻き込まれるということを意味していることにならないか、そう私は自問してしまいます。
こうして今、この立派な学士会館で先生と一緒に食事をしていますが、先生と一緒でなかったら、多分、こういう場所でさえ何かしら疎外されている感じ──アカデミックな場における自分の出自を常にまなざされているかのような感じに苛まれたかもしれません。でも、今だけは、そうでない気がします。
今後の人文学系のことを思うと、その中でもニッチな学問領域であることを思うと、何かをしなければならない気にさせられるのは先生も私も一緒です。だから「ラディカルな政治」における対象者──大学関係者ではなく、その研究のために利用可能な人たち──をできるだけ増やすよう心がけています。簡単です。その人たちを「その学問名」で呼び直せばいいのですから。私も「ラディカルな政治」という学問の制度化によって、「私たちの」ポストが増えることを願っている一人です(もちろん、常勤/非常勤の身分差別を解消することなしに「特定の者」だけがアクセスできる大学のポストの増量を図ることは「p ならば q はネオリベラリズムと親和性がある」という命題を成立させてしまう可能性があります、しかし、そこで、「例外主義」を導入することでそれを回避させることができます)。

だから私たちは「その人たち」を「その名」で呼び、「その人たち」を「その名」に改名します。私は「ラディカルな政治」のためにできるかぎりのことを今後もしていくつもりです。「そちらへ」進学することも含めて。

そういえば先日、友人がレディー・ガガを聴いていたので私は言いました。レディー・ガガを聴くと「ラディカルな政治」の妨げになるからやめて、悪い交わりは、良いならわしをそこなうのだからと。すると友人は言いました。「じゃ、ピエール・ブーレーズを聴いてみる? トータル・セリエリズムを採用しているので本当にこれこそがラディカルな音楽なんだ」。

 

 

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