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The Reverberator

メモ用

ベンヤミン・ネタニヤフの著書より「対テロ教育の必要性」

 テロリストは、一般大衆とリーダーの抵抗力を弱め、自分の政治的要求を入れさせるために暴力を使う。だが、対テロ教育によってテロリストの脅迫に対する社会の抵抗力を強めることもできる。そのような教育は、テロリストが何を得ようとしているのかを教え、彼らの使う手段の非道徳性を明確にし、それに抵抗する必要性を理解させる。
テロ攻撃が頻繁ではなく、めったに起きないようなところでは、このような教育はあまり必要ない。そういう事件が起これば、社会全体が激しい嫌悪で自然に適切に反応するからだ。だが何カ月もテロ活動が続くようなところでは、しばしばテロリストのメッセージに対する一般大衆の自然の嫌悪感がしだいに薄れてきて、テロリストの要求に応じたほうがいいという気分に変わってくることがある。
政府はさまざまな年齢層に応じた対テロ教育プログラムを作成し、それを学校のカリキュラムに含めることによって、長引くテロリストの圧力に面したときに、それに屈しない姿勢を国民に植え付けることができる。テロリズムについてよく知っていて、それを完全にはねのけることのできる市民は、「テロと共に生きる」ことができる。これはテロを受け入れる、という意味ではない。社会にとって何が必要かを理解し、被害を最小にしてテロ攻撃を切り抜けて生きていける、という意味だ。国民全体が、テロリストと交渉しないという政府の決断を支持しているとわかれば、実際に政治的要求を引き出せる可能性は望み薄のようだということが、彼らにもわかってくるだろう。


西欧諸国のリーダーたちはむずかしい決断をすることを避けて、いままで通りやっていくほうを選ぶかもしれない。ニューウェーブテロリズムもそのうち自然に消えてなくなるだろうと思って、このような方策をほとんど、あるいはまったく取り入れないかもしれない。だが、それは消えてなくならないのである。テロリズムは受け身や弱気な態度によってぽっかりとあいた空白を埋めて、どんどん広がっていくという不幸な性格を持っている。断固とした強い行動に出会えば、それに応じて小さくなっていく。
テロリストは、引き下がる前にその決断が本物かどうか何回か試してみるだろうから、政府は感情的な批判や、テロリストの要求に応じろという苛立った声や、パニック的な反応にめげず、自身の対テロ方針を貫く覚悟をしなければならない。確かなことは、テロリズムに立ち向かうには、それと戦うしか方法はないということだ。

 

ビンヤミン・ネタニヤフ『テロリズムとはこう戦え』(ミルトス)p.221-224

 

テロリズムとはこう戦え

テロリズムとはこう戦え